グローリア初穂新宿Ⅲ

草津温泉で、「この辺りに神社はありますか?」
と聞いて、教えていただいた神社。
「絵馬ニア」の私としては、ここの絵馬も欲しか
ったのですが、参拝する人も少なく、社務所が閉
まっていて(絵馬は飾ってありましたが)購入で
きず、残念!

で、サイトを検索すると、下記のような
ことが書いてありますね。

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草津温泉を発見したといわれる、日本武尊[やまとたけるのみこと]を祭る神社。みやげ店の立ち並ぶ湯滝通りから急勾配の石段を上った、温泉街を一望する丘の上にある。境内は木立に囲まれ、温泉街とは別世界の静けさだ。シャクナゲの群生地で、例年5月上旬にはピンク色の花が咲く。また、毎年7月17・18日には、十数基の神輿が町を練り歩く白根神社祭礼が賑やかに行われる。

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本殿は、資料によると神明造らしいので、たぶん、覆屋の中にあるのだろう。
火山である白根山を祀る神社で、もとは白根山上に鎮座しており、草津温泉入口(運動茶屋公園付近)には遥拝所があったが、明治六年、郷社に列格した際に、温泉街を見下ろす囲山と呼ばれる現在地に社殿を建立した。 グローリア初穂新宿Ⅲ

ディアライフ大塚

しばらくぶりとなりました。

ここ1ヶ月くらいの間にチビスケの様子はかなり変わったと思います。

園帰りに用事があったり、ママの具合が悪いから帰る…と言っても、園バス停の公園で遊ぶ!と泣き出し、パニックになっていたのはついこの前までの事。

ここのところ、私が体調を崩していてすぐに帰るよ…と言ったら、お友達が遊んでいてもチビスケはすんなりと帰るようになりました。
「凄いね、前は遊ぶー!って泣いて暴れてたのにね。」と言ったら、「それは前はお友達と遊ぶ事しか考えられなかったけど、今はママが可哀想だからってわかったからだよ。」と言ってました。

幼稚園最後のX’mas発表会も大勢の人の前でみんなと同じように演技するのは、チビスケはとても苦手だけど、小さいながらも声を出して台詞を言っていました。
歌と躍りは人前では出来ないけど、本人なりに時々歌ったり、踊ったりしていました。

チビスケは本番でテンションがハイになってやらなくなるので、担任の先生が特別な配慮をしてくれて、私だけ予行練習をこっそり影から見に行ったけど、予行と変わらず…むしろ良く出来ていたと思います。
発達障害がなくても人前で演技をするのは緊張しますが、発達障害の子供にとっては大勢の前で先生に言われた通り、みんなと同じように演技をするという事は困惑であり、相当努力をしていたのだろうと思います。
本番の日は両親でたくさん褒めて、回転寿司で大好きなイクラをたくさん食べさせてあげました。

生活面でも以前より行動の切り替えが早くなったり、自分の思い通りにならない時も我慢できるようになってきたと思い、ここしばらくの急成長ぶりに驚いています。

これが療育の成果なのか、本人の成長なのか…どちらも影響しての事なのかとも思います。

もちろん園ではその日、その日によって、相変わらずこだわりが強く出て、集団行動についていけず泣いたり、先生からの報告もあります。
でも先生も私が療育センターで見てきた療法士さんの対応などを話すと、興味深く聞いて下さり、すぐに同じような方法を取って対応して下さったりします。
いつも向上心を持ち、明るく振る舞って下さる今の担任の先生のきめ細やかな対応には心から感謝しています。

以前まで怒ってばかりいた母親である私も、やっと今の怒らない子育てのペースに少しずつ慣れてきたような気がします。
怒っていた頃より遥かに今は毎日がスムーズに穏やかになってきている…そんな気がします。

チビスケは成長期と停滞期が赤ちゃんの頃からハッキリと分かれているので、また停滞期がくるのだろうと思います。
通常、子供なら誰でもそれはあると思いますが現れ方が激しく顕著なので、また足踏み状態になる事もあると思います。
その時はまたぐんぐん成長している今の時期の事を思い出して、焦らずチビスケと向き合い、一緒に歩いていけたらいいなと思います。
ハードルは低めの設定で。

チビスケの夜泣きが激しかった1歳4ヶ月の時に私が発病した、内耳の自己免疫疾患の症状が数年ぶりに出ています。
毎日めまいでフラフラして気分が良くないので、今は私も生活のスピードを緩めて過ごしています。
ここ3ヶ月ほどチビスケの療育関係でスケジュールがぎっしり詰まって奔走し続けたり、療育の在り方を受け入れ、家庭での対応に関しては自分自身が今までとは変わらなくてはなりませんでした。
今までの自分の考えや価値観を変えるという事は、変えれば良い方向へ向かうと解っていても、体力的にも精神的にもエネルギーをかなり使います。
だからお母さんは心身ともに疲れたんですよ…しばらくは家事も後回しにしてゆっくりしなさい…と医師に言われました。色々な事が少し落ち着いてきてホッとしたから症状が出てきた…というのもあるかもしれません。
休息をとれる時に少しゆっくり休みつつ、やっていきたいと思います。

就学相談も終盤を向かえ、模擬授業も終わり、小学校への道もそろそろ決定しそうです。
様々な検査や訓練、問診を経て、やっと療育センターの医師からチビスケの診断も受け、それも受け止めました。
周囲のママさん達にもカミングアウトし、やはり初めはみんな驚いていました。
「チビちゃんなら普通学級でも大丈夫じゃないの?」と何人ものママさんから励まされるように言われたりもしました。
でも何処にチビスケなりのつまづきがあるのかは私達親が一番解っています。
そのつまづきが彼の小学校生活の障害とならないよう、考えて考え抜いた結果だという事を話したら、チビちゃんが一番良い形で学校へ行けるといいね…と理解してくれました。

着々と前に進んでいます。 ディアライフ大塚

クレール荻窪

自分が仕事復帰しても相変わらず家事は手伝ってくれず。。
休みの日も活動のため子どもと2人。
毎週こうだと応援していることだけど、イラっとしちゃうよね。笑
うちの父親は休みの日は必ず遊びに連れていってくれてて、そんな家庭で育ったからそれが当たり前だと思ってた。
一方、旦那さんは複雑な家庭で父親像がつかめてない。
自分的には活動から帰って子ども公園連れてって、少しでいいから自分の時間くれてもとか思ったけど言えず。
だって帰ってきて、疲れたーって言われちゃね。。

ある日、車に見知らぬ財布が落ちててね。
そりや見るよ。
女のでした。
テーブルに置いてご飯作って待っておった。
帰って状況が分かったのか、家庭の相談してましたと謝る。
次の日、仕事行くとき財布返してくると言う旦那さんに久しぶりの弁当を渡す。
こんなことしたのに優しくしてくれるの?ごめんと泣いておった。
今思えば、こんなことって話聞いてもらっただけじゃなかったのかな?クレール荻窪

山王スカイマンション

こんばんは。
だいぶ冷え込んできて、一人で練習するのは、気合いが必要になってきました。でも、雪で走れない地区の事を思えば、この位は走って当然です。

12/4(木)は、市町村の練習会でしたが、この日も夕方まで雨で、かぶと塚の公園内を30分jogでした。

6月から始まった市町村の練習会も、この日が最後。今年は例年よりも終盤までたくさんの小学生が参加してくれて、たくさんの一生懸命が見れました。

体育館で簡単な終了式をしましたが、これから先も活躍が楽しみで、応援する楽しみも増えました。

この練習会が終わっても、かぶとや四ツ池で、また一緒に走りましょう。

5日(金)は、杏林堂から連絡をもらって、すごく久々に練習の手伝いをしました。800mx10、四ツ池でした。

4分10秒/kmのペースで、つなぎは200mjog。距離を稼がせてもらい、流しを30秒/200m x2で終了。

そしてついに、6日(土)は市町村駅伝当日だったんですが、仕事で現地には行けなかったので、浜松の空の下から応援してました。 山王スカイマンション

上北沢ハイネスコーポ

いつものように
ぽてぽてっと
お散歩を楽しんでいますと

いぬともに
「選挙いったの」と。

そうだった。
今日は選挙の日だった。
すっかり忘れてた。

お散歩を
済ませて
いそいそと
投票所へ。

何でも
いぬともによると
朝1番に投票に行くと
箱の中に何も
入っていないか
確認の儀式に
立ち会えるそうで。

面白そうだから
次回は1番で
行ってみよう。

自治会の
役員をやったり

公園の草むしりを
やったり

お祭りで
お神輿を
担いだり

中学校で
お勉強を
教えたり

地元のイベントに
参加するようになって
ここ3年で知り合いが
すごく増えた。

今日も投票に行くと
行きつけの定食屋の
マスター一家に
ばったり会った。

昨日は
新しく入る
生徒さんのお母様と
本人とで三者面談。

若い頃
デラシネを
標榜していた僕も
根がにょきにょきと
生えてきたのかな。

今日はこれから
授業1発。

楽しくやろう。

おしまい。
上北沢ハイネスコーポ

三軒茶屋サンハイツ

外反母趾なので、足の親指の付け根の裏にタコが出来、その固くなった皮がささくれていたので切った、というか削った。
そこだけ足の裏の皮が薄くなったので、今日はちょいと歩きにくかったなあ。

息子も娘も仕事が休みだったので、僕も今朝は少しばかり寝坊しちゃったよ。
寒くなるに従って蒲団から抜け出すのが辛くなるけど、今日は少しばかり『ぬくぬく』を楽しんだ。
ま、取りあえず洗濯機だけは回したけどね。

遅く起きはするけれど日々の家事は同じようにあって、まあ?やります。
iPhoneのiCloud(保存ストレージ・サービスで、課金なしの場合の容量が決まっている)が、『もうすぐ容量がいっぱいになります』と、このところ言っている?いやいや、お知らせしてくれているので、地道に整理をしたりデータをパソコンに移動したりしていて、家事の合間にも細々と続け、気が付いたら、もうお昼じゃん!
ま、今日は予定もないし、早々と歩こうか。

空気は冷たいけれど、白い雲がより青空を際立たせている。
たっぷりと寝たはずだったのに、歩いていると欠伸(あくび)がしきりに出る。
青空が身体に気持ちいいのだろうなあ。

ここ狭山市のB級グルメに『里芋コロッケ』がある。
それまでは使い道のなかった里芋の親芋を利用してコロッケを作ったところ、ちょっとネバッとした食感が受けて、市内には何店か里芋コロッケを作って販売している店がある。
僕が住む地域には『大野屋』という店があり、そこまでは歩いて約2キロほど。サイボクハムの少し手前にある。
食べたくなったので、大野屋さんで里芋コロッケを買い求め、そのままサイボクハムの脇を通り智光山公園を抜けるようにして歩いた。

空は、智光山公園内のひょうたん池や水路に映っていて、水面の波紋が空を揺らしているように見える。

上を見上げたり、下を眺めたりするのも、まあ視神経にとってはいいことだと思うので、ゆっくりと歩きながら、ゆっくりといろいろなものを見るようにしている。
僕の目は視野が限られてしまっているし、視力も衰えているので、ほぼ正面の一部分しか見えない。
だから、何かを見ようとしたら、その何かに正面から向き合うことになる。
視界の端に捉える?という見方が出来なくなったので、一時は『いやあ、人間がまともになっちゃいました』と、真っ直ぐ相手に相対している自分を冗談めかして言ったりもしているよ。

太陽の方に向き合うとくしゃみが出る?ということは聞いたことがあるけれど、青空を見上げると欠伸が出る、なんてことは聞いたことがないし、もしかして僕だけか?

写真には撮らなかったけれど、智光山公園内の体育館に『浜松市立高校吹奏楽部』と横書きされた楽器運搬車が止まっていて、体育館の中からは音が聴こえてきた。
正面に回ってみたが、演奏会ではなさそうだ。
体育館の中で聴きたかったなあ。

『見ること』も『聴くこと』も、特に神経を集中しなくても、見えたり聴こえたりする。
病気によって自分の眼の機能が制限されたことにより、僕は「見ることの大切さ』を、あらためて知った。
そしてその大切さは、見ることに限らず、身体の五感のほとんどを、同じように感じるようになったんだ。
大切なことって、あちこちにあって、そのどれもが「こっちを見てごらん」「聴いてみて」って、いつもささやいているんだよね。
その声が聞こえるかどうかは、『聞こうとする』心があるかどうかだよ。

夕暮れになる前に帰宅した今日の歩行距離、11.52km。

まだ夜の九時過ぎだというのに、また欠伸がでた☆
今夜は早く寝ようかね。三軒茶屋サンハイツ

芦花公園ヒミコマンション

今は、大田区の蒲田図書館。ここは、コンセントがあるので、便利です。
今朝は、東急1日券660円を買った。東急全線乗り放題です。
二子玉川駅のホームから富士山を見た。マンションが出来たので、見えないだろうと思いつつも移動していたら、二つのビルの間に、富士山が見えた。

二子玉川駅から大井町線に乗って、自由ヶ丘駅へ。東横線に乗り替えて、多摩川駅に行った。
多摩川台公園から宝来公園まで、富士山を見ながら朝の散歩でした。このコースは、実に快適だね。日本でも指折りの超富裕層が住んでいる田園調布は、歩いてすぐに武蔵野の自然が残っている多摩川台公園がある。その公園に行くと遮るものがなく、富士山が一望できる。宝来公園には、きれいな紅葉がたくさんあった。ちょっとピークを過ぎているが。

もう40年ぐらい前だろうか、お笑いのセントルイスが「田園調布に家が建つ」というセリフを吐いていた。このとき、初めて、田園調布なる地名を耳にした。初めて田園調布を見た時から比べると、空家、貸家などになっている所が目に留まるね。子どもの代になって相続税が払えないのも影響しているようだ。

田園調布駅から東横線に乗って、日吉駅で下りた。
駅前の喫茶店マリモで、モーニング390円。読売新聞を読んだ。

日吉駅から多摩川駅に行き、東急多摩川線で、蒲田駅に来た。
歩いてすぐの蒲田図書館に入った。
蒲田に来ると、いつも、松本清張の「砂の器」を思い出す。
「砂の器」から天才作曲家・和賀を想い、ニセ音楽家佐村河内守を連想してしまう。

以下は、ネットからコピペ。
蒲田駅 の操車場で発見された他殺死体。調査に乗り出した今西は、やがて天才作曲家・和賀の 下に辿り着き、彼の背負った宿命を目の当たりにする。

映画「蒲田行進曲」も浮かんでくる。松坂恵子、平田満、風間杜夫などが出ていた。
以下は、ネットからコピペ。
映画「蒲田行進曲」について: 撮影所を舞台に、スターと大部屋俳優の男、そして落ち目 の女優の奇妙な人間関係を軸に、撮影所の舞台裏を織り交ぜて描いたちょっと辛口の 大ヒット人情喜劇。 芦花公園ヒミコマンション

メイゾン等々力

早朝から伊勢崎へ。
 土曜だが埼玉の奥に入ると 学生が多い。
 駅でドアが開くたび 吹き込む風が冷たくなる。 外見ると 畑にうっすらと 白いモノが。 雪だが霜だかわからんが 風の冷たいのは経験済みなので覚悟してたが 南部で雪とは思わなかった。

 乗り継いで2時間半で伊勢崎。ここはいつまで駅前工事してるのだろうか 昨年とさして変わらぬ風景。
 ジョイフルでモーニング。 ハンバーグのセットにドリンクバー付で¥422。 さすがだ。

 行く途中渡った川沿いが走り易そうなので 予定にはなかったが 早めに出て 少し蒸留を目指すと 広々とした公園と 歩行者用の立派な橋が。
 近くにこんなトコありながらチェックしてないとは不覚に思いつつ 寒さと ドリンクバーで もよおしたので 川沿いを戻り 図書館でトイレ。
 親玉本店の開店の9時半過ぎたので 12コ¥1080の まんじゅう買って東へ。
 川沿いを少し走るが 粕川だった ここも走ってみたくなる川。

 桐生へ ひたすら一本道。 先が見えないほどの直線の先に山々が広がる風景はいいが 交通量がそこそこなので 気は抜けない。
 今日は人馬とも好調でよく走る。 スマーク前に着いたが 10時前なのでスルー 田舎のモールがデカいのは見慣れてるが それでも目を引く建物だった。
 またスグに満タンになったので ファミマで排水し しまむら・サンキと寄って 赤城線を超え線路沿いを走るが 周囲が畑で 抜群の解放感。

 予定より45分くらい早く 桐生の川野屋本店に着いたのは 11時半頃。
 店に人けはなく ガイドブックに載ってる店とは思えない外観に 戸惑いつつも 暖簾出てるので 入ってみると 店主のおじいちゃんがひとり。
 挨拶もそこそこ 浅草から来たと告げると 何やら奥のテーブルに敷いてある 古い番付表見せられ 何やらまくしたてられる。
 訛ってるワケではないのだが 何本か歯がないせいか 年のせいか 半分くらい聞き取れない。

 どうやら ハガキの住所にある「横網」という住所を地図で探してたらしいので 教えると 「あぁコレかぁ」と印つけてた。
 それにしても 一見なのに 馴染みか親戚かというくらいの応対に 戸惑うヒマもないくらい。

 ひもかわうどん食べに来たのだが 切り出す前に
「ウチは一品だけだから 平べったいから スグできるよ」と 告げ 奥へ。
 調理中も顔出して 喋り倒すし うどん食ってる間も マンツーマンで 止まらない。
 聞き取りづらいので 集中して概要がわかる程度 だが うどんに集中できない。
 だしの 話もしてくれたが 確かに そばとは違う感じ。 天ぷらみたいのも入ってて 一部火の通りの甘いかなって部分もあったが あったまるし このボリュームで¥600はいい。
 オヤジのキャラの強さに 笑い堪えながら 食べ終わると 「細かいので」と言われたが 小銭は足りず千円札。
 「いまないんだよなぁ」と 普通の財布見せられ
 「崩してくるよ」と外に出てった。

 賑やかな通りから1本入ったところにある店だが 正午過ぎて 帰る頃にも客はいない 最後までマンツーマンで 店の外まで出て見送ってくれた。
 ミシュランには絶対載らない名店である。

 青柳菓匠で からっ風カリン買って 相生通って 電車の時間調整で さくらもーるに寄ってみたら フードコートに イモフライ¥70あったので 残ってた2本買うが 佐野で食べたのとはエラい違いだった。
 東新川から 上毛電鉄で 粕川へ。 そのまま乗り込めるので楽。
 粕川沿いを北上するが 2時になり 雲に覆われ気温も低いせいか ペダリングがキツくなる。
 今日は調子も良く 距離も30キロ超えた程度なのだが...

 元気ランドで せっかくなので 20分くらい泳いでから風呂へ。 以前来てるはずだが こんなデカい露天風呂あるの覚えてなかった。
 4時になり いよいよ寒さ厳しくなるなか 後閑養鶏園を目指すが 見た目はそれほどなのに 走るとスゴい下りで たいして漕がなくても ブレーキから手が離せないほど。
 だから来るときキツかったのか。

 卵と2種のプリン3つずつ買い 新里駅近くのベイシアで 鮨のパックなど買って 駅で自転車畳んで 赤城へ。
 乗換時間は7分。自転車置いて 特急券買い トイレ入って戻る。
 上毛電鉄上下2本並び その向こうにイルミネーションもあったが 写真撮る余裕もなく りょうもうへ。
 普段なら浅草で卓球やってる時間に 戻ってきたので 前を通ると 自民党の演説会だった。メイゾン等々力

雪の中で大喧嘩を展開する小学生のおはなし。

 今朝。
 とっても寒かった。
 パソコンつけて、やふーの報道に驚いて、外を見た。
 
 外が白い雪
 
 いつもの時間に家のエクティ神山町を出た。
 いつもの時間に職場に到着。
 
 みな浮足立っている。
 人数はやたら少ない。
 
 電車が動かない。バスが動かない。熱を出した。
 そんなこんなで半日有給や全休が数名。
 
 逆に、いつもより1時間はやく家のザグランデレガーロ浅草から出勤したというひとも。
 あのコ台風の時もすっごくはやかったよ、なんて声も。
 
 
 通勤途中に通学路がある。
 その部分だけ、歩道がざっと掃かれていた。
 他の部分は通行量に応じて、白いままだったり、黒い舗装が見えていたり。
 
 
 
 部署で、窓の向こうに見える公立学校のプールを見て
 カスタリア北上野の部屋に帰宅したらLDを見ようと思った。
 実行した。
 雪の中で大喧嘩を展開する小学生のおはなし。
 
 サム~イ雪
 
 
 
 自分は晴れ女なのだと、あらためて思った。
 月に一度か二度の、朝イチで屋上で機械稼働させる当番は、昨日だった。
 おとといも今日もひどいお天気。
 その前も、似たような感じだった。
 …軽い雨が1回だけ、なんだよね、当番の日の、その時間帯に、降ったのは。

楽しい時間を過ごすことができました。

 明治記念館での年に一度の航空自衛隊連合幹部会懇親会が終了して帰宅。懐かしい面々にもお会いすることができ、楽しい時間を過ごすことができました。

 この会、終了時には連合幹部会会長でもある航空幕僚長と空幕副長が出口で出席者をお見送り下さるのですが、挨拶の列に並んでいると、航空幕僚長の齊藤空将が私に気づくや相好を崩して「あら、杉山さんじゃないですか!」と声を掛けて下さいました。驚きました。齊藤空将にキチンとご挨拶したのは航空救難団の隷属替え式典の時くらい。当時は航空総隊司令官でした。昨年の懇親会でもご挨拶だけはしたように思いますが、要はそれだけです。それなのに名前と顔を覚えていて下さるとは思いもよりませんでした。思わず「名前を覚えていて下さったんですか」と言うと、「だってフェイスブックのお友達じゃないですか」とこれまた驚くべき返事が。
 航空幕僚長ともなれば、4万人の航空自衛官を束ねるだけでなく、内外の要人とも広くお付き合いのある立場。その方が、いち民間人の名前と顔を覚えている事に、正直驚きました。

  これがトップの器量というものか、と素直に敬服しました。

 写真は終了間際の様子。お喋りに夢中で撮った写真はこれだけでした。

部屋探しも物件の仲介手数料無料になり、今日はラッキーでした。